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みなさまこんばんは。母上です。

妹11歳が修学旅行で行った広島記念資料館
原爆が投下された時13歳だったという語り部さんから
お話を聞いてきた妹でした

妹11歳の不確かな記憶の伝授ではありましたが
覚えていることを全てあたくしに伝えてくれました

語り部さんは現在80歳を超えていること
戦時中は週に何回かしか食事が出来なかったこと
靴など無くお母さんのゲタを履いて学校に行っていたこと
学校でお腹が痛くなっても早退する子などいなかったこと

8月6日の朝はとても天気が良かった
突然大きな飛行機が飛んできて、見ていると何かが落とされ
気がつくと町中が燃えていた
爆風で飛ばされ目もなかなか開けられなかった
偶然見つけたクラスの子と黒くなった町中を
明るい光を探して一生懸命歩き続けた

光のある方へと励ましあいながら歩いて行くと
皮膚が垂れ下がった人がたくさんいた
すでに死んでいる赤ちゃんを抱きしめて走るお母さん
そのお母さんの顔は血だらけだった
途中で助けてと言う人がたくさんいたけれど
助けられなかった

それぞれ家を目指して歩いていたんだけれど
途中で歩けなくなって置き去りにした友達や
家に家族がいなかったら集まろうと約束したまま
今も生きているのか死んでいるのか分からない友達

戦争を起こすのも人間 やめさせるのも人間
自分が生きている限り平和への努力をしたい
そう結んだ語り部さん

聞けば聞くほど胸が苦しくなる被爆体験でした

生きている限り 封印してしまいたい過去は誰しもあります
それが壮絶な過去ならば なおさら忘れてしまいたい
それでも語り部さんは語り続けます
語れば語るほど当時の記憶は鮮明になり
地獄絵図と化した人々のうめき声も
つい昨日の出来事のようにフラッシュバックするでしょう
自分の身を削り 語り継ぎ 平和を願う語り部さん

妹からあたくしへ
あたくしから誰かへ
確実に平和の尊さは伝わります

どうかお体を大切に
お元気でいて欲しいと願わずにいられません
2012.04.29 Sun l 母上 l コメント (0) l top

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